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辞書から 4

いざ子どもあへて漕ぎ出むも静けし / さあ皆んな、もう漕ぎ出そう、海も静かであるから。/万葉集 388」

なぜ海のことを庭と表現しているのか考えてみると、
 海 → 漁場 → 「なわばり、territory」  
という洗練がなされていると考えられる。
古代より人は生活を支える食物を海に求めた。
それは農耕の時代となっても変わらず、収穫は一定のなわばりで行われる。
収穫は生きる上での喜びであり、感謝であり、自然の恩恵であった。
そしてその中での感性的世界を「庭」と表現したのだろう。
これは①「屋敷の中で・・・」と繋がり、②「農家の・・・作業場」とも合致する。
①では歓楽的、②では機能的に、そして③では元来の意味を総括して物語っている。
したがって、ある場所に「庭」としての意味が占有しているのは、草木、山・池ではなく、農家の作業でもなく、人の心象なのだといえる。
その証拠に③の例に挙げられている「学びの庭」「戦の庭」「庭の教え」は個別的主観性のみがその場面と状況を特定できる。
他力による偶発的なものであっても自らに降りかかる事が他者も同様に受け取るとは限らない。
「雅語的」でなければ表現できない所以はこれである。
しかし、それでは「庭」とは 「ある人 が生きる上での情緒的な関係を築くことの出来る状態になっている とある場所。」という意味になる。
これではあまりにも意義が深く広すぎてどうも捉えられない。

つづく

















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2015-01-20 : 未分類 : コメント : 1 : トラックバック : 0 :
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No title
庭について こんなとらえ方したこと無かったです。刺激になりました。ありがとうございます。
2015-01-28 00:52 : 小林光次 URL : 編集
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