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息子と親父

夏休みの宿題をやり終えた長男と二人きりで初めて自転車で遠出した。
小学生最後の夏休みということで息子の思い出づくりという思惑があったものの、
どちらかというと親父の思い出づくりという節が大きかったかもしれない。
それもそのはず、彼の年齢と僕の親としての年齢は同じなのだ。
小さくて可愛いと思っていた息子もいつの間にか大きくたくましくなり、親から離れていくことは至って自然なこと。
自分がそうだったようにわかっていることであるが、少し寂しい気がするのは否めない。
ただ願っているのは、夢を抱いて精いっぱい紆余曲折しても普通に平凡にいてほしい。
それがどんなにすごい事なのかを実感できるために、ただの親父として見守ろうと思う。
しかし、その気持ちは僕自身が息子として親に感謝するべき事でもあるのだ。
親孝行とは何なのか、奇しくもそんなことを考えてしまう一日となった。
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2012-08-27 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

成果

自分が正しいとしていることは往々にして間違っている。
良いと思うことは大して良くもなく、工夫は自分自身の問題であって伝えるためのモノではない。
美しく見えるものは自分だけがそう感じることであり、誰かと共有できるはずはないのだ。
庭師は職人であるから、庭を作ってはいけない。
先例の模倣踏襲はおろか、視覚に限定した美しい装飾庭を強要するのはおこがましい。
その場にあるモノとコトとの相関の中で意味を求める事に努めないといけない。
そのほとんどは形の洗練であり、見えるモノではない。
しかし、庭師の仕事の成果は必ずもう一つの「時と場所」になるのだ。


2012-08-25 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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さくらいやすとし

Author:さくらいやすとし
櫻井靖敏
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Yasutoshi Sakurai

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