スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :

指令台

松の剪定は難しい ということになっている。
なぜなら、手を入れるのは必ず熟練の親方だからだ。
勤めていた修行時代、庭の手入れに入ると、松は親方、刈込やそうじは下っぱと決まっていた。
「遅いぞ早くやれ」「それが終わったら次は・・」などと高い松の樹から指示が下りてくる。
刈込鋏の手を止めて見上げると青い空の手前で涼しげに透けた松の枝が気持ち良く、早くあれができるようになりたいと憧れていた。
憧れながらも刈込やそうじに勤しみ、次第に葉もの(広葉樹)の枝打ちをやらせてもらえるようになる。
その難しさと奥の深さに打ちのめされながら数年もやると、やっと松の残りのひと枝くらいを手伝わせてもらえたりもする。
いざやってみると、それまでやってきた枝打ちとは全く違うものではあるが、不思議と難解さはあまりなかった。
もちろん簡単ではないが、葉ものの枝打ちの方が難しいのではないだろうか・・と他事を考えながらでもできそうな、そんな気が片隅にあった。

それから十数年後の今日、僕は松の木に登ってスタッフに指示を出していた。
もう11年僕が手を入れているその松は慣れたもので、古葉を引きながら庭全体を見渡すことができる。
下で刈込や枝打ちをしている様子がよく見えるのだ。
そこで初めて気が付いたが、松の剪定が難しいのではなく、難解な仕事の奥深さを後輩に叩き込むための指令台のような親方の居場所だったのかもしれない。
その場所を獲得するには奥深さを十分に紐解くことができるようになってこそという前提があるが、僕はなぜか郷愁のような寂しさを感じた。
来週手入れに入る庭では刈込をやろうと思う。
スポンサーサイト
2012-10-27 : 未分類 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
コメントの投稿
非公開コメント

« next  ホーム  prev »

プロフィール

さくらいやすとし

Author:さくらいやすとし
櫻井靖敏
サクライヤストシ
Yasutoshi Sakurai

最新トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。